<黒帯の決意>
                                  羽場小学校5年1組 高山 智基

 ぼくは、4さいから空道を始めました。
4さいのころは、パンチなどのいろいろな技の種類を覚えるのが大変でした。
でも、早く覚えたいと思ったので、集中して、けいこをしました。
ぼくの入った後も、たくさん新しい人が入ってきました。
みんなの名前を覚えて、仲良くなる努力をしました。
また、負けないようにもがんばりました。

 今回、黒帯をとって感じたことは、こんなに10人組み手がハードなんだということです。
そして、それと同時に、とてもうれしい、がんぱってきて良かったと思いました。

 これからがんばりたいことは、黒帯として、声を出すことや集中することはもちろん、
さらにみんなのめんどうを見たいと思います。黒帯として、先生がいない時でも、
みんなに教えてあげたいです。

 これまでぼくを育ててくれた先生方に、感謝しています。
これからも、その時その時の目標を立てながら、やっていきたいと思います。



               <昇段審査を終えて>
                                       高山 智基 母 高山 幸子

 息子の大道塾入門は、4歳の時。本人は、右も左も分かりませんでしたが、
『礼節を重んじることができる人間に育ってほしい。心身ともに強くなってほしい。』
という私の意思で、始めました。

 今、振り返ってみると、保育園時代は、比較的楽しく、稽古をしていたのかなぁと思います。
6歳になる頃、盛岡支部内で大会があり、小学生未満の一番低い年齢層の部で、優勝する
ことができました。飛びはねて喜んでいたのが、ついこの間のことのように、思い出されます。
あの時が、本人にとって、初めて、自信につながったように思います。

 その後、小学校に入学してから今に至るまでは、どうにも本人の気分がのらないまま、
年月が過ぎてしまいましたが、先生方、仲間、先輩、他のお父さんお母さん方のおかげで、
たくさんの貴重な経験をさせていただいたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
稽古中も泣いて、家に帰ってきてからも泣いて、本人の意思ではなく私の意思で始めたこと
への葛藤から、私まで泣きたくなり、でも、週2回、7年間通いました。
続けることへの大切さを、これからの人生でも忘れないでほしいです。

 最近、昇段審査前までずっと、素直さがなくなってしまい、反抗的な態度で、稽古を
していました。良くない傾向だなぁと、これは、昇段審査に挑戦してみて、自分の実力を
まのあたりにして、悔しさをバネに、また素直にがんばってもらおうという作戦を考えていました。
が、組手の相手にも恵まれ、念願の初段合格!
やはり空道をやってきて一番うれしかったようで、空道史上、2回目の大きな自信となりました。
本人から、「黒帯として、みんなのお手本になれるように。」という言葉も出たので、
これからも、息子を信じ、励ましながら、応援していきたいと思います。
先生方はじめ、大道塾の皆様、今後ともご指導宜しくお願い申し上げます。