<朝美おめでとう!> 平成17年5月 小田中さんご夫婦より

 朝美、昇段試験合格おめでとう。実は、今回大道塾の初段合格を心から喜んだのは本人よりむしろ家内も含めた自分達親のほうかもしれません・・・親バカです。

家内は当初、空手はおろかK-1,ボクシング等TVで格闘技を見るのさえ野蛮だと見ようとさえしませんでした。それが一転、娘が大道塾に入門し練習、試合を見るようになってから目から鱗がとれた?ように格闘技大好き人間になってしまいました。娘の試合の応援も、傍から見ていて興奮し熱が入っているのが判ります。(塩釜、石巻方面にはまだまだ負けますが・・・。)

 私といえば、つい娘の空手姿を昔の自分に重ね合わせてしまいます。二十数年前、大学入学当初、中学から高校にかけてやりたくてしょうがなかった極真空手の同好会が市内にあると聞いて、同じ極真好きの友達と居ても立ってもいられず入門したこと・・東先生新婚当時の大島での合宿・・極真会から大道塾発足へ・・今までの突き、手刀等から一転ボクシングスタイルの練習への転換等などを懐かしく思い出します。もちろん!?当時先頭に立って皆を引っ張っていたのも何を隠そう現狐崎師範でした。

 その後、大学の臨床実習が入ってからは練習にも行かなくなり、ついそのまま遠のいてしまいました。しかし、何時も心の片隅には、大道塾のことが残っていたことも確かです。それから、国家試験、結婚、開業と過ぎ、朝美が小学3年の時、扁桃腺の手術で一旦通っていたスイミングスクールを辞めたのを機に、ふと大道塾を思い出しインターネットで検索したところ、何と!狐崎さんが師範(現 盛岡支部長)となって、しかも道場が現在の太田と近くに移ってきているではありませんか。これは絶好の機会と思い、早速狐崎支部長と二十年ぶりの連絡をとり一度見学に連れて行ったら、さすが自分の子供!「ぜひやってみたい!」即入門となりました。(実は、姉の方はこんな野蛮なもの死んでもやらないと言っています。)

 私が練習に行っていた頃は、本当に不良道場生で真面目に続けて練習に通わず、よく狐崎さんに叱られていた事を思い出します。その分娘には発破をかけながら通わせ、最初嫌がっていた合宿、試合も経験だからと常に出させているうちに、いつのまにか今回初段を取るまでになりました。感無量です。実は自分の体も疼き出し、今年の3月頃より週一で麻喜も含め練習相手をしていました。実際相手をしてみて、肌で朝美の成長を実感する喜びと共に柔軟性などまだまだ欠点も多く感じられます。

とにかく私が練習していた頃の黒帯など誰一人いない同好会の時とは違い、現在の大道塾盛岡支部は狐崎支部長の下しっかりとした練習体制が整い、若林師範代始め指導員も充実しており、安心して子供たちを任せることができます。合宿でも狐崎支部長、坂本指導員にも本当にお世話になりました、頭が下がる思いです。いつも「合宿、楽しかった!」と笑顔で帰ってきます。普段の練習でも何々先生の冗談話を帰ってきてから話たり、他の子供達とも和気あいあいと本当に楽しんで練習しているのが一番嬉しいです。練習も見ていて型にはまらず、遊び心も入れてやっているのが子供達にはいいのだと思います。

最後に、ビデオにて今回の合宿での昇段審査の様子を見て、堪え忍ぶ所謂「押忍」の心を朝美が少しは体で感じ取れたのではないかと思っています。(本人は、分かっていないと思いますが。)これからもいろんな意味で楽しみながらがんばっていってもらえれば幸いと思います。ガンバレ朝美!・・・押忍!

                         小田中 朝美 父母 小田中 健策

 

  <黒帯をとった気持ち>  平成17年5月 小田中朝美(お子さん・羽場小学校 6年)

 小学3年の時、私は父につれられて大道塾の道場へ見学しに行きました。その時は、よく空手というものがわかっていなかったので、どんなものかとドキドキしていました。見ているうちに「かっこいいな!強くなってみたい。」と思い、もうすぐに「やる!」と言いました。

 それから白帯から青帯となり、初めての合宿にもでました。その後、黄、緑、茶とすすみ、今回ついに運命の合宿となりました。

 朝、マラソンをしてからの審査は、きついながらもなんとか1日目を通過し、2日目の試合がきました。5人とすもう、5人と組手、合計10人と戦うことになります。最初準備ができていなかったので、すもうからすることになりました。いくらすもうといえども、相手も強い人ばかりなので3回しか勝てませんでした。くやしかったです。でも、くやしがっている場合ではありません。次に組手があるのです。すもうを最初にやったので、けっこうバテテいました。しかし「黒帯をとりたい!」と思い精一杯戦いました。それでも、2人に勝ち、1人に負け、もう1人に引き分けと言う結果でした。とてもくやしくて疲れて、終わったあと「多分受かっていないだろう。」と弱気になっていました。そのあと少し休んでから岩手に帰ってきました。家に帰ってから、結果を聞くまでのあいだ2回ぐらい審査に落ちる夢も見てしまいました。

 2週間後、狐崎先生に「黒帯受かったよ!」と聞いた時は、「えっ!」と思い、聞き違いかと思いましたが、本当だとわかると2mぐらい飛び上がりそうでした。「あんなに負けたのに取っていいの?」と言う決まりが悪い気持ちながらも、すごくうれしかったです。

 今回黒帯を取ってから自分の気持ちが「もっと、もっと強くなってやる!」と心から思うようになりました。                押 忍!

                          小学6年生 小田中 朝美